■溢れる花をあなたに (デンマーク編:2004年 4月17日〜5月14日)
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1)知的障害者TV局
世界初のTV局。
社員は100人(知的障害者とスタッフ)ここは職場であり施設ではないと。
就労は9時〜16時。毎月曜日には制作会議を開く。
皇太子や女王のインタビュウーをしたこともある。
若いmissマイブリの案内で施設否職場内を見学する。
TV局らしくさまざまな機材が整備されている。ステージもあり音響の設備もある。
ジュースを頂きながら、作品の一本をみる。
タイトルも音楽もすべて自作。きれいだ。完璧だ。
「他の国でもTV局を作って欲しい。
そうすれば知的障害者の存在が高まる」とmissマイブリは淡々と話す。
ホ−ムペ−ジを紹介 http://www.tv-glad.dk/
2)重度知的障害者デイセンター
ふくよかな身体をジーンズの上下で身を包み、軽快にマリアンナ所長が現れた。
ここでも所長は女性だ。
デンマークでの知的障害者施設は
1)ワ−クショップ・・・作業可能な人・・・・住民10人に職員1人
2)デイセンター・・・・アクティブティ・・・住民6人に職員1人
3)ディホ−ム・・・・・コミュニケーション・住民3人に職員1人
があり、社会福祉法に基づき運営されている。
ここでの定員は33人。通常25人程度が自宅やグループホームから通っている。
指導員は8人。年間の予算は1億2千万円。内80%は人件費となる。
8時45分住民達は連絡帳を持って送迎バスに乗りやってくる。
日中のプログラムは乗馬、プール、日光浴などが用意されている。
例えば、自閉症の人とバスで出かける時、彼が決まったバスでないと乗らない場合、
職員はそのバスが来るまで一緒に待つ。
無理に乗せたり、抱きかかえたら始末書を提出する義務があると。
又、1970年頃より、両性介護が行われている。
男性職員が女性住民の入浴介助をする、生理時の介護も行う。
日本の知的障害者施設で3人の利用所に職員1人がついているだろうか。
病院でも患者4人に看護師1人だ。
3)フィン県知的障害者親の会
大柄で温厚な佇まいのウラ女史。
全国に1万人、フィン県に700人の会員がいる。
会員は障害者の親に限らないと。
ウラ女史の子供も障害者ではない。
「日本では施設に入れると逢いに来ない親もいるのですが・・」の問いに
「ここでは1/3は頻繁に来る、1/3は時々来る、1/3はほとんど来ない。」と。
子供の年金欲しさに手元から離さない事もある。
又、障害を持った子の親の離婚もある。
最後に今後の課題を聞いた。
「55歳の知的障害者と長年お付き合いしている。
ある時、孫の誕生日に彼女を招待した。
生活指導員が彼女を連れてきたが、プレゼントも花も持って来なかった。
彼女は孫の喜ぶ顔が見たかったのに、担当の生活指導員にその配慮が無かった。
指導員の質の向上が必要だと思う。」
我々外来者に装いも無く淡々と質問に答えるウラ女史の大きさは脊の高さだけでは無かった。
別れ際、我々ひとりひとりに「親の会」のキーホルダーがプレゼントされた。
丸い金盤にLEV ・・・・Lは人生の質,Eは自分の文化、Vは同等の価値。
そして、LEVを抱く様に忘れな草が彫り込まれている。
文化は違うが、暖かく熱いものが身体を流れるのを感じた。
4)知的障害者授産施設
やっと男性が登場。 それも白い髭、サンタクロースのようなベンツ施設長。
笑顔がかわいい。 握手の手も暖かだった。
玄関の壁画に幾人もの人の像。「戦争と平和」を表しているそうな。
ここはもとは鉄砲を造る工場であったと。
当施設、通所者は40人、職員は10人。木工、溶接等男性的作業が多い。
ベンツ施設長もとは大工の仕事をしていたと。
行政に「利益は分配するよう」指導されているが、
ベンツ施設長は「ここは作業所ではなく、学校と思っている。
分配しないで船を買った、楽器を買った。」と笑顔の後に信念の強さがみえる。
住民の何ができるか、何ができないかを見極め、できるものを引っ張り出し、
住民をより発展させるのが我々のやり方であると。
抽象的で分からない場合は具体的に示す。
例えば鳥の巣箱を作る場合、森に連れて行く→木を見せる→
切った木を見せる→板を作る→鳥の巣箱を作る→又森に行く。
これだけの説明にも迫力があったが、次は黒板を取り出して講義が始まった。
対人モデルを紹介しょう。
1) 保守的モデル
2) 人間的モデル
3) 対話的モデル
重要なのは、対象と主体が互いに影響し合う対話的モデルなのだ。
ノーマライゼーションと言っているが、それは一般社会が思っているのであって、
障害者がそう思っているだろうか。
住むところを混ぜたが知的障害者は孤立してしまった。
知的障害者がノ−マルになれる訳が無い。
彼らだけの社会が必要なのだ。
ノーマライゼーションは時代によって変わる!!
大学で講義を聴いているような気分で施設説明は終わった。
5)知的障害児養護学校
訪問したのは、日本では小学校高学年のクラス。
先生の合図で授業が始まる。
皆それぞれが自分のBOXから好きなノートを出してくる。
象や犬の絵合せをしている生徒。
9のページを開き、バナナ3本だったら、後6本のバナナを書く。
4個のリンゴだったら、後5個のリンゴを書いて正解!!
数字でかけ算をしている生徒もいる。
ひとりひとりしている事が違う。先生は個々に指導をしている。
学校の目標
「学校は親と協力して、生徒の個性を伸ばし社会性を身につけさせ民主主義を教える」
学校は教師が、校内にある学童保育所は生活指導員が担当し、週1回お互いに出向く。
見学した日は、生活指導員がギタ−を持って学校に来ていた。
算数も教えている。我々がお礼に“幸せなら手をたたこう”を歌った。
生活指導員のギタ−の伴奏が楽しさを盛り上げていた。
6)成人知的障害者入所施設
ミカエル施設長により、広い施設内をくまなく案内された。
彼も昨年のノーマライゼーションセミナー(京都)に講師として招かれていた。
ここの住民は69人、職員140人。
「物理的には施設であるが、知的障害者の文化を壊さないで、生活指導員が出向いていく」
これが当施設の理念であると。
見学の一部である12番地を紹介しょう。
ここには7人の若い住民がる。
個々にお部屋があり、広いキッチンと居間には調理道具や楽器が揃っていた。
「知的に障害を持っていても青春を謳歌して欲しい。
恋人が訪ねてくる場所も必要ビールを飲んで酔うことも必要」
と言う、まだ若い施設長の言葉は新鮮だった。
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