■溢れる花をあなたに (デンマーク編:2004年 4月17日〜5月14日)

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はじめに

ひとりの早期退職者がデンマークへ花を捜しにやって来た。
「まだ定年までに5年あるのにどうして?どうやって生活するの?」との心配はよそに、
早期退職者はうそぶいた。
「私ら団塊の世代は60歳になっても自分で生きていかなアカンし、早くに次の仕事捜すの」と。
それで、何をするとのビジョンの無いまま、蝶に誘われてデンマークへやって来た。

私(早期退職者)を誘った蝶はさすが目利きだった。
日本とは丁度1ヶ月遅れの春たけなわ。
田園は見渡す限りの菜の花の黄色の絨毯。
風車が廻り、チュウリップが咲き乱れ、蒼い芝生に咲き誇った桜のピンクが艶やかだ。

退職金があるとはいえ、金が続くのは1ヶ月が限度。
前半2週間は、某団体の研修に同行し、知的障害を、
後半2週間は、個人研修で、精神障害を学んだ。
稔りある研修で、この両腕がいっぱいになった時、蝶達には見えるだろう。
溢れる花を抱きかかえた私を。


絶対に行く。デンマーク

2003年晩秋、私は一通のメールを送った。
「長期の研修に参加希望します」と。
返事は「長期も短期も今はやっていない。」と。
それでも私は食い下がった。「それじゃ、中期でお願いします」
中期なんてコースは無く、不可能のごり押しだった。

しばらくして、学院長より返事が来た。
「単発で短期のコースがある。同行できるか頼んでみる」と。
晴れて私は、ある研修団体にオンブされてデンマーク入りした。


コペンハーゲンの夜は更けて

2004年4月17日、カストロップ国際空港の出口。
学院長自らのお出迎え。
大柄ではないが、髭とサングラスの凄みのあるたたずまいに姿勢を正す。

コペンハーゲン中央駅近くにあるホテルに到着。
「6時に食事に行きます。」との学院長の言葉を聞いて、それぞれが部屋へ。
すぐに外に出てみる。
コペンハーゲンはデンマークの首都、それも中央駅のすぐ近くなのに人がいない。
土曜日というせいもあろうが、とにかく人が疎ら。 商店はみな閉まっている。
50%OFFの服屋のウィンドゥを覗いていたら、老婦人が話しかけてきた。
デンマーク語だろう。「この服、きっと、アンタに似合うヨ」と。

さんざん捜して、やっと湖畔に飲み屋を見つけた。
英語もデンマーク語も全然できない。
しかたがない。テーブルの上にあった写真つきビールメニューを指して「これで」と注文。
10時間の空の旅 お疲れ!そしてこれからの研修に自らを乾杯だ。
おいしかったが高かった。小瓶で500円。もうよそう。
ホテルに戻り、学院長に連れられてレストランへ。

着いたのはオープンサンドのバイキング。
学院長「デンマ−クではこれをバイキングとは言わない」と。
そりゃそうだ。我々はお金を払っている。賊じゃない。
食には困らないデンマークと聞いていたが、食物があるある何でも。
ハム、チーズ、ソーセージ、ジャガイモ、サーモン等々。
中でもおいしかったのは肉や魚をすりつぶしたデンマーク風ハンバーグ、
皮付き豚のローストでカリカリの皮は最高においしい。

そして卓上には、ビールのグラスとスナップス(地酒)のグラスが並ぶ。
空になると学院長の注文によりグラスは満たされる。
スナップスは“命の水”と呼ばれ、アルコール度40度以上。
「ビールの合間に一息に飲むのが作法」という学院長。
ビールの合間の4回の一息飲みにさすが皆酔いがまわる。
学院長は毒舌だが楽しい。ジョークがポンポン出るのが、ほろ酔いかげんに小気味良い。

酔いつぶれないうちに引き上げて、中央駅の反対側にある夜のチボリ公園へ。
門を入った所で解散。
酔ってはいるが大丈夫。「ホテルは中央駅の向側」と自分に言って聞かせる。
研修生のおひとりとフライングカーペットに乗る。
夜のチボリ公園はきれいだ。美しい。
翌朝、「酔っぱらっていてあんなものよく乗れたネ」に「イエイエ、酔っていたから乗れたんです。
ふつうなら恐くてとても、とても」と答える。


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