■遙かネパールの薪背負えず (ネパール編:2004年 6月2日〜6月30日)

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果てのない病いと貧しさと
ひとつの家族に複数の精神障害者を抱える家族がネパールにもある。
 
1)チュウモリとウッタラ
チュウモリ 72歳 男性 とその娘ウッタラ

スタッフと車も入らない細い路地を抜けて野原に出る。
まだ建設中なのか壊れてしまったのか、中途半端な平屋の一軒家に着く。
入口直ぐ近くに汚れた食器が散らかっている。すえた臭いがする。

すぐ左側の部屋でベッドに老人がうずくまっている。
声をかけると起きてきた。その次の部屋から女性が出てきた。
挨拶してもニコリともしない。反対側の長男夫婦の部屋に通される。
ベッドがひとつ、ソファーがひとつ、端にキッチンがあるが、食器や食材はほとんど無い。
キッチンの反対側には汚れた衣類が積み重ねてある。

生後まもない赤ん坊がベッドで手足を動かしている。
5歳だという女の子だけがニコニコして出迎えてくれる。
家族構成が分かってきた。
ベッドにいた老人がこの家の主人でチュウモリ72歳、
妻は今早朝何やら怒って出ていったきり帰ってこないと。
ニコリともしない女性はチュウモリの娘でウッタラ。
この二人が精神薬を飲んでいる。

長男夫婦には子供が二人。5歳の女の子は先妻の子供らしい。
チュウモリが横に立てかけてあった棒を取り出し、
これで何度も叩かれたと訴えると、
後ろでウッタラがものすごい剣幕でこちらに向かってまくし立てている。
訳がわからず、ただニコニコして成り行きを見守る。
何故かスタッフはウッタラを促して彼女の部屋に入っていく。

残された私はチュウモリに具合はどうかと尋ねるが、
デイケアと違い全く言葉が通じないチュウモリは少ししゃべっては両手で顔を覆う。
長男も立ち上がってしゃべっている。
しばらくして、スタッフが戻り二人と話しをする。
私はコミュニケーションがほとんど取れないまま家を後にした。

道中、スタッフが成り行きを話してくれた。
ウッタラがまくし立てていたのは、
私に対して、「アンタみたいな外国人が何をしに来たの?愛も無いのに。
何の為に!!」と怒っていたと。
二人共デイケアには来ない。
デイケアは昼食しか出ないから意味が無いそうだ。

二人共グループホームへの入所経歴はある。
グループホームは2〜3ヶ月しか入所出来ないから、
二人共具合はあまり良くないが在宅で様子をみていると。
このケースは何度でも訪問する必要があると、
スタッフの終わりの無い仕事が続く。

2)スダルサンとポービットウ
スダルサン 夫、 そして、ポービットウ 妻

「逢ってくれるかどうか確かめてくる。」とスタッフは私を残して車を降りた。
しばらくしてOKのサインを出しながら戻ってきた。
古びた三階建ての三階に着いた。
10歳くらいの少年の他はだれもいない。
狭い部屋にはキッチンとベッドがひとつ。
キッチンには食器も無く、長い間使われていない様に見える。
壁には時計がひとつ、棚に教科書が一冊無造作に置かれている。

しばらくして、頭からショールをかぶった女性がしゃがみ込んだ姿勢のまま部屋に入ってきた。
ポービットウ 47歳 少年の母親である。
スタッフの声かけにポツリポツリと応答する。
「夫スダルサンは1ヶ月間グループホームに居たが、今は良くなって、市場で仕事をしている。
上の息子はパシュパテナートでガイドの仕事をしているが収入は少ない。
下の息子は5クラスで学んでいる・・・・・・」

話していると、入口近くで赤ん坊を抱いた女性が立っている。
義妹だそうだ。夫には2人の弟がおり、その3家族がこの家に暮らしている。
今度はこの女性とスタッフの話しが続く。
この人(ポービットウ)は病気じゃないよ。
7〜8年前からこんな調子。これはこの人の癖よ。
兄に女がいると言ってきかないし、家事はほとんど出来ないし、
部屋の中で大小便をする事もある・・・・・」

家族の無理解が症状を悪くするのだろう。
後日、彼女はスタッフに連れられてグループホームに入所した。

3)ニイマーラとスリージャナ
この2人は精神障害者では無く、当デイケアで働く、9ヶ月の訓練を
受けたソーシャルワーカーと准看護助産婦である。
張り合うように美しく若い2人だ。

ニイマーラ 26歳、2歳の男児の母親。夫はカタールに単身赴任中。
9時〜16時の勤務中、子供は夫の親が面倒をみている。
パンジャブドレスのよく似合う、美しくて良く働くスタッフだ。

メンバーの1人が、食事中尿失禁した。
彼女は床をひとりで掃除しながら
「貴女のトイレの声かけするのを私忘れていた。ゴメンね」とメンバーを責めることはしない。
毎朝、皆で行うヨガ。彼女がするとハッとするような美しい曲線を描く。

そして、スリジャーナ 25歳 彼女にも生後10ヶ月の男児がいる。
こちらも、子供は自分の母親が面倒をみている。
准看護助産婦の彼女はDrの診察時は傍で介助するし、
メンバーの症状も良く把握している。投薬や注射も彼女が行う。

「Drの指示で、注射をするため訪問したが、腕を捕まれ、
背中を叩かれて出来なかった」と叩かれた背中を見せる。
難事例にたったひとりで挑む彼女に頼もしさを感じる。

ある日、2人に当デイケアのインテイクの方法や日々の記録を見せてもらった。
フェイスシートは完璧なまでに用意されている。
そしてホームビィジットの記録はびっしりと書かれている。

これを続けるようにと2人に伝えた。
そして、「Drシュレスタは外国を見て歩き、デイケアの必要性を感じ、
支援を取り付けて、それを開いた。しかし、あなた達は違う。
ネパールにデイケアが必要かどうか立証できるのはあなた達しかいない。
ひとりひとりのメンバーの記録をていねいに取り続けて、実態を明かそう。
それがあなた方の仕事だ。」と私はつたないネパール語を駆使して熱っぽく訴えた。

「わかったヨ。のりこディディ」と2人は真面目な顔で答えてくれた。
終わりの無いホームビィジット、日本では考えられない貧しさと病いの絡み合った難事例の数々。
支援元、ABA協会の理事として彼らに心からの声援を送りたい。


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