■遙かネパールの薪背負えず (ネパール編:2004年 6月2日〜6月30日)

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日本のプログラムを披露

1)折り紙に奮闘
川越病院の江上さんの指導により、ネパールでも使えそうな物をいくつか用意してきた。
今日は折り紙を予定した。
前夜、ゲストハウスで試作してみる。財布、箱、額縁どれもなんとか出来た。

サア本番。「どれを作りますか?」と聞くと「箱を作ろう!」との返事。
(えっ?一番難しくて昨夕苦労した作品だ。出来るかナ)
「まず、この端を反対側の端に持っていって・・・ソウソウ」
総勢9人が車座になって折始める。
講師は私ひとり。すぐに、あちらこちらから次はどうする?と声がかかる。
私だって、本を見ないとどうするのかわからない。

ついには、たまたま当日同行していたジャーナリストの高島さんに
「この人には貴方が教えてあげて!」と担当を押しつける有り様となった。
でも、メンバーの中にはすぐに理解できて、隣の人に教えている人もいる。
汗をかきかき作り上げた。
財布の中にはチョコレートのコイン、箱の中にもチョコレート、
額縁の中には日本の絵はがきをはめ込んですべて完成した。

2)習字に挑戦
花曜日のデイケアのメンバーが書いてくれた習字を持参する。
“上” “下” “人” “愛” ・・・・・色々ある。
半紙に日本語を見ながら書いて、その下に同じ意味のネパール語を書いてもらう。

大勢に硯はひとつ。墨が足りなくなったりしたが、皆興味を示してくれた。
文字を上下逆に見たり、逆から書いたり様々である。
彼らには、日本語は記号に写った様だ。
読める字もあり、読めない字もあるが日本のデイケアへのおみやげが出来た。


ネパール食と胃痛

1)ディディ是非家に来てヨ
25年前、ネパールガンジー病院で海外青年協力隊の仕事をしていた頃、
そこで看護学生だったガンガのお誘い。
彼女は今、カトマンドゥでタバコ会社に勤める夫と2人の子供と暮らしている。
最近、建てたという自宅を訪問する。

3階建てのスゴイお家。 1階は賃貸として貸している。
2階は広い応接間に夫婦の寝室、子供部屋、
3階はキッチンとゲストルームに広いベランダが続く。
トイレは2つ。洋式とネパール式、そして、バスタブもある。
キッチンには、テーブル、食器棚、ガステーブル、炊飯器等がキチンと並んでいる。


夕方、彼女と市場に出かける。
ほこりが舞い道路、端には捨てられたゴミの山、
車がひっきりなしにクラクションを鳴らして通りすぎる。
道路脇の路上に野菜売りが並んでいる。
大根、枝豆、人参、玉葱、ピーマン等根気良く捜せば新鮮な野菜が手に入る。

肉屋に寄る。
体格の良い婦人が、ナタのような刃物で骨ごと切って量り売りする。
店先では、これから肉として売られる山羊が餌を食べている。
帰りに自転車の荷台で売っているマンゴーを買う。
10個で100ルピー。日本円にすると1個が16円である。
物価の安さが量り知れよう。

自宅に着き、調理が始まる。
今日の献立は、ダル(豆のスープ)、バット(御飯)、タルカリ(野菜のおかず)、
そして肉料理である。
ダルは高圧鍋で、バットは炊飯器で、タルカリは油で熱した鍋に野菜を入れ、
幾種類ものモサラを入れよく炒めて出来上がり。
冷えたビールに辛めのタルカリがとても美味だ。

盛られるままに食べた、食べた。
次の日、胃痛が私を襲う事も知らずに。

2)胃痛の襲来
明け方、シクシクした感じで目が覚める。
シクシクの次は、キリキリと来た。胃痛だ!

過去にも、ネパールから帰国して、何度か経験しているが、
今回は滞在が長いので、ネパールに居る間に襲来だ。
急いで、痛み止めを飲む。しかし、あまり効果は無い。
昼にはガンガの子供達を連れてレストランに行く約束をしているが、
ベッドから起き上がれない。身体全体が辛い。


しかし、11時、2人のかわいい女の子はおめかしして
「アンティ ジャオ(おばさん、いくよ。)」とニコニコしてベッドの横に立っている。
ゆっくりと起きる。何とか行けそうだ。荷物は持ってもらい、レストランへ。
子供達の好きなハンバーグ、ピザ、餃子、アイスクリームを注文して、じっと見ているだけ。
痛みは和らいではいるが、辛い。
無理に笑顔を見せる。修行の様なひとときだった。


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