■遙かネパールの薪背負えず (ネパール編:2004年 6月2日〜6月30日)
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1)ハンセン病病院
「このデイケアに通っていたが、今は良くなって病院で働いている人がいる。
逢いに行きますか?」とのスタッフの誘いで出向く。
その人の名はヤンジー グルン。
デイケアから5〜6分歩いて着いた所がハンセン病病院。
6階建ての大きな病院だ。
ヤンジーはスタッフの顔を見るなり、声を上げて抱きついてきた。
30歳前後の女性である。ひっきりなしに話している。嬉しそうな笑顔で。
ひとりのナースに病院内を案内してもらう。
入院患者はハンセン病のみならず、他の疾患を含め60人。
医師2人、看護師3人、レントゲン技師1人、理学療法士1人、
その他、薬局、事務の人達等々。
部屋をひとつひとつ見せて頂く。
指を失っている人、足を失っている人、眼球の突出している人等々が
トイレ付きの3〜4部屋で療養している。子供達もいる。
多くは近くの学校に通学するが、重症の子供達には院内学校がある。
外国製の車椅子があちらこちらに点在していた。
処置室では手や足の処置が行われていた。
1階の掃除の行き届いた部屋に案内される。
10数人の小さな子供達が眠っている。
患者ではなく、ここで仕事をする人達の子供達であると。
院内託児所は他にも年齢に応じて用意されていると。
「こんなに沢山の子供達。一体職員は何人いるのですか?」に
「600人」と。患者60人に600人の職員は要らない。
それは次に案内された場所を見て理解できた。
地下にある部屋に通されて驚いた。さながら、手工芸品の工場である。
彫金、クラフト、編み物、織物、洋裁等々、さまざまな作品が
患者、元患者、支援者の人達で作られている。
10数台の織機やミシンが整然と並び、特に多くの女性達が働いている。
カメラを向けると笑顔で応答、おしゃべりに夢中なグループもある。
帰り際、手作りの星をひとつプレゼントされた。
完成された作品だ。ここは作業所では無い。
2)大学病院
デイケアから車で20分、ボーダナート寺院の近く、民家の点在する田園地方。
巨大な白亜のビルが丘の上に建っている。
その手前の広い敷地では基礎工事をしている。大学病院は建設中だった。
しかし、建物の一部では診療をしていると言う事で、スタッフの後ろをついて行く。
外は雨、多くの患者達が濡れた衣服のまま順番を待っている。
4階に上がる。 精神科外来にも数人の患者が廊下の椅子に座っている。
Drチャパガインが紹介される。
1日の外来患者は14〜20人。
多い疾患はうつ病、神経症、統合失調症、その他に躁病、薬物、ヒステリーがあると。
ひとりの患者の診察を見学させて頂く。
30歳前後の男性、神経症で2年前より通院している。
Drは「夜は眠れるか?食事はしているか?」等の問診の後、処方箋を書いた。
Drの横では2人の医学生がメモをとっている。
その後、最上階の一室に案内される。
事務長による病院全体の説明が始まった。
当大学病院は5年間の予定で工事を開始している。
2年間で病院を作り、残りの3年間で医科大学を完成させる予定であると。
完成後の病院は12の病棟に700のベッド数を持つと。
模型をみながら、そして窓から工事中の敷地を指で指しながら丁寧な説明を受けた。
その後、一部ではあるが稼働している病棟を見学した。
内科病棟では、広い広い部屋にベッドが20〜30台並ぶ。
まだ準備中なのか仕切のカーテンは無い。
部屋の中央にナースステーションがあり、カルテが並べられ、PCが設置されていた。
許可を得てナースステーションの写真を撮る。
白衣のナースが恥ずかしそうにこちらを向いた。
外科病棟も全く同じ構造だった。
3)精神病院
NGOマリノールのボス、Drシュレスタが院長を務めるネパール唯一の単科の精神病院を訪問する。
約束の時間に院長室に入る。
ギョロとした目は一見近寄り難いが、笑うとその分かわいい顔になるから不思議な人だ。
忙しい人とは聞いていたが、本当に忙しい人だ。
ネパールの精神医療について彼に聞いている間、1人の患者の診療、
事務員の入室2回、電話2回、そして日本のDr宛に手紙を書く。
人と逢っている間にこれだけの仕事をする。
(私ってアポイントメントをとって来たヨネ〜)って思ってしまう。
ネパールの精神病院は、ここと他に9つの病院が精神科病棟をもつ。
当病院の外来は1日約80人の患者が受診する。
病棟は男性20床、女性20床。入院日数は2週間。
受け皿も無いのに大胆な事をする。
入院患者には必ず家族が付き添う事が義務となっている。
その理由は、
1)薬が効いているかどうか家人がよくわかる。
2)ひとりで寂しい思いをしない。
3)今後の対応の教育が家人にできる。
であった。
治療は薬物療法と電気ショック療法がある。
スタッフはDr5名、看護師23名、その他75名であると。
シスターにより院内を案内して頂く。
2人部屋が数個続いた奥に10人部屋がある。
2人部屋の1室には、柵に手錠で繋がれている男性がいた。
聞くと、親を危めた為警察が連れて来たケースだと。
拘束は病院の処置ではなく、警察の指示によると。
男性、女性それぞれの10人部屋が廊下を挟んで両側にある。
一見では、男性部屋、女性部屋の見分けはつかない。
親、子、兄弟、姉妹のさまざまの付き添いが入り乱れている為だ。
「男性部屋に女性の付き添いって問題は無いですか?」に
「出来るだけ同姓を指示するがいなければ仕方がない。」との返事だった。
ベッドの下で母娘と思われる2人が食事をしている。
患者である娘の食費は出るが、母親は自分で用意するとの事。
2階の広いデイルームでは、主に若い患者達がゲーム、楽器、TVを楽しんでいた。
シスターにお礼の石鹸を渡して、精神病院を後にした。
4)ヘルスセンタ−
入院設備が無い故、日本の診療所し該当する。
ネパール全土に18か所ある。
デイケアから歩いて10分、パシュパテナート近くにあるヘルスセンターを見学する。
入口近くでは、多くの患者達が順番を待っている。
手前の部屋では、アシスタントDrによる診察が始まっている。
2人のナースも働いている。
奥の部屋に通され、サリーを着た女医さんに説明を受ける。
当ヘルスセンターの業務はAM9時〜PM3時。
1日の患者数は12人〜17人。
風邪や下痢等の患者が多い。薬代は無料。
入院が必要な場合は、直ぐに近くの病院を紹介する。
しかし、搬送する車は無い。
廊下に重体の少年が横たわっていたが、彼はこれから、
親に付き添われて、バスで病院へ行そうだ。
次いで、施設見学をさせて頂く。
施設といっても、先ほどの診察室、そして女医室、
その隣にある検査室を見学してすべての説明が終わった。
日本の石鹸をプレゼントしてヘルスセンターを後にした。
5)プライベート・クリニック(開業医)
混雑する車、 クラクション、 ホコリの舞う繁華街の路地裏に
プライベート・クリニックはあった。
廊下に椅子を並べて、待合いになっている。
小さな診察室。カルテ棚と本箱の間に机がひとつ。
そこに座る中年のサリー姿の女医さん。貫禄がある。
昼間はナーシングホ−ムで仕事、夕方のみここで開業していると。
主に、神経症やうつ病の患者が1日4〜7人ぐらい来るとの事。
施設見学するべき施設も無く、女医さんと話し込んでしまった。
「この国で女性が働くのに苦労は無いですか?」に
「あるある。多くある。私も働きながら子供を育てた。
今は娘も医者の仕事をしている。両親も看取った。
99歳と97歳の時両親は一週間の間に共に旅立った。
今はアナンダ(ゆっくり)している。」と
過ぎた日の苦労話しを淡々と話していた。
6)メディカルセンター(ナーシングホーム)
ネパールでは100床以上のベッド数をもつ施設を病院と言い、
それ以下はナーシングホームと呼ぶ。
当施設は70床、職員は200人。
入口のプレートにはDrの名前が並んでいる。ほとんど全科ある。
3階の精神科外来に案内される。
過日、逢ったプライベート・クリニックの女医Drシュレスタがにこやかに座っている。
昼間はここでの仕事だ。病棟を案内して頂く。
鍵を開けて入った所は、女性5床、男性9床の病棟。
手前にある女性病棟に入る。
入口に昨日入院したという若い女性が落ち着き無く立っている。
彼女の他に患者は1人。金髪の女性が静かに眠っている。
統合失調症のドイツ人で世界を放浪しているそうだ。(徘徊のスケールが違う)
ベッドの横には、ネパールの前に立ち寄ったというチベットの本が数冊積まれていた。
「外国人の治療は大変なのでは?」 との質問に
「私は普通に治療するだけで、良くなったら大使館に連絡して引取に来てもらう。」と。
次に男子病棟に入る。
15〜16歳の少年がベッドの上にチョコンと座っている。
統合失調症にてんかんを併発している。
4歳より治療しており落ち着いていたが、最近再燃したと。
今日は退院の日、両親が迎えに来ていると。
通り過ぎようとすると「俺の話は聞かないのかい!」と
向かいのベッドの若い患者がDrの足を止めた。
「ゴメン、ゴメン、どうした?」とDrシュレスタは静かに対応。
他に2人の患者が眠っている。
実習中の看護学生の間を通って外に出る。
再び、外来で話しを聞く。
この国の精神医療の特徴は、再燃する患者がとても多い事。
その理由は薬代が高くて買えない事。
その背景には一度精神疾患の病名がつくと就職が困難であること。
ステェグマが根強い事を指摘した。
例えば、当外来に通院する患者の中にも、
病院内で知人に会うと精神科に行くと言えず、
そのまま受診せずに帰ってしまう人もいると。
「痴呆患者の対策はどうなっていますか?」に
「ネパールの一般家庭では老人の痴呆を病気とは認識していない。
年をとったのだからしかたがないと思っている。
徘徊のひどい人や用便の後始末が出来なくなったような症状の重い人の為に、
オールドエイジホームが整いつつある。
私もコミュニテイと協力して、20人程度の入所可能な施設を運営している。
以前、 ドイツの支援で質の良いオールドエイジホームを作ったが
1日1000ルピーと高額であった為、入所者が途絶え今は閉鎖している。
もったいない事だ。
私も日本の老人ホームを一度見てみたいワ」と親日的なところを見せて、
Drシュレスタは話しを終えた。
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