■遙かネパールの薪背負えず (ネパール編:2004年 6月2日〜6月30日)

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ネパール保健省の課長に聞く

ネパール保健省課長のDrシュレスター。
(間違いではない。シュレスターという名のDrに私は3人逢った)
は精神科医である。
数ヶ月前までは、ネパール唯一である精神病院の院長だった。

穏やかな表情で説明が始まった。
「ネパールの精神医療は大きな問題を抱えている。
多くの国民が精神疾患を正しく理解していない。
さらに悪いことに、精神疾患は気が狂っていると思っている。
治療が必要だが、政府には予算が無く、
精神病院や社会復帰施設を作る予定は無い。」と。

そして、笑いながら、
「私はかって、日本の精神病院を沢山見て廻った。
日本の精神病院のほとんどが民間で運営されている。
収入に繋がるので、患者は長い間入院させられていた。
あれは良くないと思う。」

続けて、
「入院は2週間のみと考えている。
単科の精神病院は作らないが、大学病院や
一般病院に精神科の病棟を作る。
それからヘルスセンターに精神医療の研修を終えた職員を
配置する予定である。
そこで、投薬をするし経過もみる。

政府とコミューンが協力をしてネパ−ルの精神医療を支える」と。
私も大型の精神病院は必要だとは思っていない。
しかし、グループホームやデイケアのいくつかは設置の予定が
あるだろうと期待をしていただけに残念だ。

最後に、我々が支援をしているデイケアは3年後には支援が終わる。
その時、閉鎖してしまう事のない様にと依頼して課長室を出た。


デイケアセンターでの診療

我々の支援するデイケアセンターでは、月に一度Drによる診療が行われている。
12時からの診療を受ける為に、11時には多くの患者が入口の椅子に座っている。
当デイケアに通う人、近所に住む患者、バスで1時間もかけて来る患者等々。
それに家族の同伴も求められているので、人の数は多い。
12時、Drの診療が始まった。

最初は中年の女性。病名は統合失調症。
清掃員として働き、月に200ルピー(320円)稼いでいると。
母と同居している。
この女性は、Dr達のNGO(マリノール)が12〜13年前、
刑務所から最初に連れ出した女性患者のひとりであると。
にこやかな笑顔が印象的だ。

次に入ってきた人も中年の女性。
この女性も刑務所から連れ出した人である。
両腕を差し出し手に振戦があるか診察。
その後、「夜は眠れる?」「食事はしている?」等の問診後、処方箋を記入。
女性は「薬を買う金が無い」と訴えるが、
Dr「娘がいるなら買ってもらおう」との一言で診療は終わった。

その後、何人かの診療の後に当デイケアに通う
プロビーンが父親と一緒に入って来た。
「薬は自分で飲んでいるか?」「飲んでいる」
「デイケアは1人で来ているか?」「来ている」
「家で暴力はまだあるか?」
今度は父親が「時々あるが、以前よりは少ない」と答えている。
処方箋が父親に渡される。

その後、30歳ぐらいの男性がこれも父親と入ってきた。
男性は黙って座っている。
横で父親が
「家で何もしないでブラブラしている。デイケアにも行かない。」と
困った顔で話すと、Drはニッと笑って
「それじゃ、お前をポリスに渡す。いいナ」と答えた。
スモンと言う男性「それは困る」と言って出ていった。

そして最後は、患者の母親らしき人がひとりで入ってきた。
「どんなに促しても病院へ行かない。デイケアにも来ない。
部屋から出ようとしない。」と訴える。
Drは「入院が必要だがベッドが無い。どうする?」と私に質問
「わからない」と答えると「スタッフに注射を持って自宅に行かせよう」と言って、
処方箋が母親に渡された。

1時間で15人の患者の診療を終えて、
Drは次の仕事があるとあわただしく出ていった。


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