■遙かネパールの薪背負えず (ネパール編:2004年 6月2日〜6月30日)

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ネパ−ルの村々で


今日は、何も予定が無い。チュッティ(休日)だ。
毎日デイケアの送迎をしてくれているドライバーに依頼して、
子供の写真を撮りに村に行く事にした。

カトマンドゥから東へ32q、標高1524mの高地ドゥルッケルに向かった。
カトマンドゥからバクタプールを抜けて車は走る。
中国が作ったというハイウエイは快適だ。
ドライバーは「ディディここで撮るか?」と道々で車を止めてくれる。
最初に見つけたのは、燦々とふりそそぐ太陽の中で水浴びをする子供達だった。

「写真を撮って良い?」と聞く。
傍にいた親が「ダメ!アンタ達は何時も撮るだけだから」と拒否された。
しかし、ドライバーが「俺が後日必ず写真を届ける」と言うのを聞いてOKがでた。
くったくの無い笑顔。
水に濡れた黒い肌が太陽の光を照り返していた。

車は高度を上げていく。外気は涼しい。
しばらくして、牛の放し飼いをする姉と弟に逢う。
何を考えているのか、ふたりで眼下の村々を果てしない瞳で見つめている。
少年のポケットが膨らんでいる。
「何が入ってる?」「遊び道具」
「見せて」「いいよ」
ポケットからでてきたのは、大切に集めたのだろう。数個の小石。
「どうやって遊ぶ?」「こうやって・・」と見せてくれた。
少し遊び、写真を撮って、ビスケットとアメを渡した後、車は尚奥深くへ進む。

前を6歳〜8歳ぐらいの男の子達がじゃれ合いながら歩いている。
「写真撮って良い?」「ナイナイ(ダメダメ)」どんなに頼んでもダメ。
仕方なくアメを渡して別れる。

その後、何度か車を止めた後、
最後に私達は山肌の斜面に家々が点在する村に歩いて入った。
沢山の子供達が一軒家の庭先で遊んでいる。
「写真撮って良い?」「ダメダメお金くれなきゃ」
「そんなこと言わないで。チョコレートあげるから・・・」
と、やり取りを楽しんでいると、
傍に座っていた中年の女性が「ここにも子供がいるヨ」
とハエの群がる掛け物をバサッと取った。

よだれでグシャグシャになった顔の少年が力無く起きあがった。
「一体この子はどうしたの?」
「この有り様よ。生まれてから一度も歩いた事が無い。
自分で食べる事も出来ないし、しゃべる事も出来ない。
どうする?もう20歳だ」と。

少年の様に見えるが青年だ。脳性マヒだろう、それも重度の・・・・・・
交渉ができて、近くでキャーキャー言いながら、
私のカメラにおさまる子供達に目を向ける事も無く、
彼は目の前にあるプレートを表にしたり裏にする動作を繰り返していた。

「隣の家にもうひとり障害者がいる」
と赤ん坊を脇に抱いた女性に案内される。
入口を入ると、数匹の山羊が餌を食べている。
その奥の藁むしろに青年が横たわっている。

母親だという人が彼を起こす。
7歳まで学校に行っていたが、その後、目が見えなくなり、
歩くことも出来なくなったと。
「ナムケホ?(名前は?)」と聞いても答えは無い。
母親が彼を抱きかかえ、父親が傍に立っている。
それを見て私は幾ばくかの安堵感を覚えた。
つい先程の青年の父親は逃げてしまっていない。
母親も昼間は仕事に行き、彼の世話をしているのはおばさんにあたる人だった。

この切り立った斜面に暮らすネパールの障害者に
車椅子や点字ブロックが何の役にたとう。
絶望にも似た無力感を抱いて、ナマステと手を合わせて外に出る。
すると後ろから、私の背中を射って、
その鉾先が胸をえぐる様な言葉が突き刺さって来た。

「見るだけかい!」「ナマステだけかい!」と。

2人の名前と住所を記そう。

名前 chate budur tamang
住所 chavera gila w.n.6 new velige dulekal Nepal

名前 krishana man
住所 chavera gila w.n.16 new velige dulekal Nepal


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