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■デンマークの旅物語
2006・7・9 デンマークへ旅立ちました。
メンバーは4人。
天岡さんの他2人とは面識もなく名前も知らない人です。天岡さんの友人1人と岐阜県から参加された介護福祉士さんそして私の一行でした。
天岡さんをたよりに成田空港からスカンジナビア航空に乗り込み北海道の上空からシベリア上空を経て、コペンハーゲンへと11時間機内に座り続けた旅をしました。時差はマイナス7時間です。
成田空港を飛び立った時は12時少し前でしたが、コペンハーゲンに着きました時は、コペンハーゲン時間午後4時です。機内で時計を7時間マイナスしましたが、太陽は日本時間の1時か2時を感じさせる高さでした。
コペンハーゲン空港には千葉忠夫先生自らお出迎えいただき4人は千葉先生の車でホテルへと向かいました。コペンハーゲン空港から町の中心地へと向かっていきましたが、高層住宅は見当たらず、3階から4階建ての住宅が目に付きました。
周囲の景観を配慮したレンガで外装が整えられた住宅です。

途中交差点に来ても信号はありません、小高い丘に時計の45分を思わせるロータリー様の交差点になっています。当然車は減速となり直進にはならないような道路設計になんとも人間の感覚を大事にしているという温かみを感じました。
市街地の道路は広く車道の両側に自転車道があり、それに沿って歩道が作られていました。
歩行者は自転車に気を使うことなく、自転車の人も歩行者に気を使うことなく、お互いがそれぞれの道路を使っています。
車椅子を使っていた人も見かけましたが電動車椅子でもちろん歩行者道です。
乳母車を押している若いカップルも見かけましたがこれも歩道をゆっくり会話を楽しむかの風景です。
乳母車バスケット型で幌がついています。
日本のものより大きく地上からの高さも高くゆったりとしています。
乳母車の中にはベビーが一人寝ておりそばには少し大きい子どもが仲良く座って乗っています。
私はこの乳母車を見た時に乳幼児に地面の埃を吸わせないデザインに子どもを大切に考えている国民性を感じました。
ホテルはチボリ公園のすぐ近くです。
ホテルにクーラーはありませんでしたがその必要がないことをすぐに知ることが出来ました。湿度が低いので快適なのです。
星の数は分からないホテルです。10名ほどの日本人観光客と泊まりあわせましたがお互い挨拶を交わすこともなくなぜか日本人恋しさは感じませんでした。
チボリ公園へは歩いていきました。
古い大きな駅舎の様なつくりの建物を出たところにチボリ公園があり、成田空港で両替したクローネで入場券を買いました。
価格の単位が役20倍なので換算に戸惑いましたがなんとか日本語を使って買うことが出来ました。
倉敷のチボリ公園と大変よく似ています。
野外ステージや観覧車、ジェットコースターなどどちらが本家本元なのかと思うほどよく似ています。
池がありまわりは花一杯で見事に飾られています。今日はここまで。
■ノーマリゼーションの国 デンマーク
私たち一行は(4人)千葉先生が学院長をされている日欧文化交流学院に着きました。
最初に出会った人が千葉先生の車をバックで誘導しています。
「あの人は知的障害のある人ですよ」と言われても誰のことかわかりませんでした。
言葉は通じなくともお互いに挨拶は世界共通です。心と心が通じるこれが最初の挨拶に始まりました。
長旅の荷を解き、学院の食堂へと案内されました。
ここでは知的障害のある(全く分かりません)人15〜16人くらいのメンバーとともにデンマークの一般的な食事をしました。賑やかなデンマーク語で話が飛び交っています。
楽しそうな雰囲気を感じました。

皆の食事が終わりかけた頃に職員のベルを合図に話し声はピタリと止まり、なにやら連絡事項らしき雰囲気、私たちを紹介していただきました。
学院へは年間500人もの研修生が来るとのことですからなんら違和感なく受け入れていただきました。
ノーマリゼーションはバンクミケルセンによって推し進められ、福祉国家の基本方針であり、基本施策とされたのは1952年であり、世界中に広がっていきます。
第2次大戦中、バンクミケルセンはドイツの占領下でナチの捕虜収容所に捕らえられました。彼は戦後社会省に勤務しデンマークの知的障害者の施設を見学した時に、自分が捕虜収容所で経験したと同様の扱われ方をしていることに驚きました。そして行政官として「知的障害者の親の会」の人と一緒になってノーマリゼーションを推し進めました。
「ノーマリゼーションとはその国の障害のない人と同じ生活状態を可能な限り実現する」という土台のあるノーマリゼーションという考え方は、人間が人間であることを認める限り世界共通の言葉と言える。
ノーマリゼーションはヒューマニゼーションである。
という言葉を残して1990年9月20日癌に侵されこの世を去りました。
バンクミケルセンの偉業とノーマライゼーションの理念を全世界に広めるために千葉先生はバンクミケルセン記念財団を設立し、知的障害者福祉の分野でノーマリゼーションを実践遂行した人にバンクミケルセン記念賞を授与されています。
私たちは知的障害者の授産施設を見学させていただきました。木材が豊富な国でありますから、木工の作業が行われています。
テーブルに椅子が取り付けてある野外ベンチや大人も楽しめるブランコが私の目を引きました。
テーブルの中心に穴を開けるとパラソルを立てられるように作ってあります。とても頑丈そうで安定感があり野外でランチが楽しめそうです。
その他ガラス細工もありました。割れたガラスを回収して高炉で溶かし、幾何学模様を描いた置物などが作られていました。
その他革製品や織物などその人が持っている能力、才能が見事に発揮されていました。
作品を作るそれは自己実現の証のように感じました。世界の子どもたちに夢を与えた童話作家アンデルセンの偉業に勝るとも劣ることのないノーマライゼーションの理念が全世界に広がり戦争のない平和な国が一日も早くくることを願わずにはいられないデンマークの旅でした。
*千葉忠夫 世界の動き 参照
■麦畑の果てに地平線
農業と酪農そして漁業の国デンマークは見渡す限りの麦畑です。麦畑のはるか彼方に地平線を見ることができました。牧草地に放牧されている馬、牛、羊の群れになんとも生き物とともに人は生きていることを実感しました。
彼らの飼料となる玉蜀黍畑が麦畑とともにあります。
刈り取られた牧草がサイロとなって牧草地のあちらこちらに積まれているのも京都に住んでいる私には珍しい風景となって目に映りました。
馬、牛、羊など家畜の群れを見ていると農産物は農薬に汚染されていないという安心感を抱きました。
麦は大麦でしょうか収穫期を前にして黄金の波をうっています。大型のトラクターで刈り取られるのでしょうか。さすが農業国の規模の大きさには目を見張りました。農産物の三分の一は輸出されると言うことです。
幹線道路の両脇に時々民家を見ることも出来ました。路線バスのバス停や赤いポストを見るとなんとなく人心地がしました。のどかな農村風景を見ながら車は進みます。果てしなく広がる麦畑の中にゆったり回転する風車の列は風力発電のものです。
電力は火力発電と風力発電で賄われていました。
降雨量が少ないため水力発電は望めませんが原子力発電に頼ろうとしないところに国民性を感じました。
東山、北山、西山と三方を山に囲まれ、加茂川、桂川、琵琶湖疎水と山紫水明の京都には京都の良さのあることを再確認できましたのも事実です。
稲作が豊かなのも水に恵まれている瑞穂の国ならではのことです。デンマークは日本と同様島国です。
そして資源も少ないと言うことです。であるから人が資源です。
子どもが資源です。子どもはその国の将来を担います。子どもの教育は国の財産です。

デンマークでは教育には競争原理は向かないと言うことです。
教育は国が責任を持つので教育費は無料と言うことです。
お受験もなく、教育費のための貯蓄も必要とはせず一人ひとりの能力や才能に見合った教育がなされていると言うことに本当に意味での"人間社会の豊かさ"を実感しました。
知的障害者の授産施設で作られた製品からの収益はここを利用している人たちに還元されると言うことです。
クルージングのためのボートの一部になったり、キャンピングカーの一部に使われたりすることで豊かな生活につながり、生きがいや達成感を感じることになるとのことです。
大地の養分を存分に吸収した人参がとても美味しかったのです。思わず「この人参美味しい」と言いました。あの美味しい人参にまた出会いたい思いです。
地平線は大陸でしか見ることは出来ないと中学の時の社会科で習いました。その時から半世紀過ぎて地平線に出会えたのも人生長生きするものです。
いいことが待っています。
2006・8・2
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