ネパ−ル精神障害者デイケアセンタ−設立のレポ−ト
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ABA理事/精神科リハビリテ−ション認定看護師 天岡憲子
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| 「認定更新には研究をしなくちゃいけないんだって」と小耳にはさんだ私は、2000年9月遊びも兼ねて、23年前JOCVの隊員として住んでいたネパールに飛んだ。 友人が紹介してくれた精神科医はとても親切にネパールの精神医療の現場を見せてくれた。 しかし、「ありがとう」との別れ際に、「精神障害者のデイケアセンター設立の支援をしてくれないか一年間で150万円あればやっていける。」とDrは真剣な表情だった。 「私はネパールに精神医療の研究に来たんだ。デイケアをつくるなんて・・・」と悩む私に「ディディ(お姉さん)お願い、ネパールの為に働いて。」とコテージを経営する友人の顔も真剣だ。ネパールに五つしかない精神病院。そんな貧しい精神医療のなかでリハビリに手をつけているDrがいる。心の中で感激してしまった私は「できるかどうかやってみる」と答えてしまった。
帰国して、私が最初に話を持ち込んだのは精神科看護技術協会だった。しかし、金城先生や吉浜先生らの心のこもった後押しがあったが果たせなかった。大きな組織の中で事を進める技術を私は持ち合わせていなかったし、なによりも他力本願だった。 まず、募金活動。職場で要旨を伝え、募金袋を回し、100円・200円の支援を募った。 一方、NPO・ABAの事務局では、ガイドヘルパーやホ−ムヘルパーの養成講座を企画し、講師の先生方からの支援を得ている。私自身もいくつかのヘルパー講座を受け持っている。病院で看護師として働きながら、NPO活動としてのヘルパー講座。身体はきついがやり甲斐がある。ネパールにデイケアセンターがひとつできるのだ。
活動を始めて一年、今年の4月、私はABAの事務局から150万円の半分を託されて、ネパールに飛んだ。開設するセンタ-の家を借りたり、設備のための資金である。
セレモニー当日、ネパールの友人が用意してくれていた赤・黄・緑の色鮮やかなサリーを身に包んだ日本の中年女性3人、「ネパール人より似合っている」と言われご満悦(ネパール人はお世辞が上手)。 式典終了後、角谷Drがいない。精神科リハビリテーション医である彼女はもう利用者さん達の中に入って、持ってきたボールや剣玉でプログラムを始めている。私だって、精神科リハビリテーション認定看護師、輪の中に入って、話をしたり、写真を撮ったりした。
夜はネパール側NGOとカトマンドウの日本料理店で会食。Drシュレスターの夢はまだまだ続く。今度はケアをする人材の教育をしてリハビリの内容を深めたいと。50歳をとうに越えてるがDrの瞳は少年のように輝いていた。 私自身が故郷のように思っているネパールに小さな木が一本植えられた。どのように育てるかはネパールの人達の課題であるが、私達もお金を出すだけで止まらず、いつまでも寄り添い続ける存在でありたいと思う。
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