ネパールツアー


石田礼子・桜井弥生
「ネパールに行きませんか?」
・・・この唐突なお誘いを受けたのは、出発のわずか1か月前。ちょっと海外へ、などという気軽さを持ち合わせていない身にとっては降って沸いたようなお話。
でも、行きたい。行ってみたい。
ネパール語が話せる方が連れて行ってくれるのだから、こんな心強いことはない。
そう、この旅に誘ってくれた天岡さんは、青年海外協力隊で2年間ネパールに滞在された経験があり、この度NPO法人「アミューズメントバリアフリー協会」(ABA)の支援のもと、現地の精神障害者デイケアセンター設立に大きく貢献された方なのである。
今回、天岡さんがそのデイケアセンターを訪問されるにあたって、施設見学やスタッフとの交流、その他老人ホームの取材も盛り込んだツアーをしてみてはどうか、とわたしたちに声をかけてくださったのである。
そして3月19日。戦争の足音がいよいよ差し迫ってきたその日、周囲の心配の声をよそに、私たちは関西国際空港を飛び立ちました。いったいどんな旅になるのやら・・・と一抹の不安を感じたのもつかの間、約10時間のフライトを終えた私たちを待っていたのは、まさに言葉どおり「あっという間」の4日間でした。
老人ホームのこと
「ソーシャル・ウェルフェアセンター」に潜入!

ネパールに入国して2日目。わたしたちは「フジゲストハウス」のオーナーであるドゥルガさんの案内により、老人ホームの見学をしました。
カトマンドゥから車で30分ほど走ると、レンガ造りの赤茶色の壁で、重厚な雰囲気の建物が見えてきました。
入ってみると意外なことに、明るい中庭が広がり、階段状になった広場があります。
ここは、お年寄りたちの集いの場になっているらしく、斜面に座り、日向ぼっこをしておられる光景は、さしずめ大学のキャンパスのようでした。
私たちがお邪魔した時間は、ちょうどお昼ごはんの真っ最中。数十人のお年寄りたちが、細長い食堂にズラッと並ぶベンチに座り、ダルバード(豆のスープかけご飯)を食べておられるところでした。
よく見ると、食堂の裏庭に出て好きな場所で食べている方もいます。
地べたに座り込み、地面に置いたお皿から手で食べる姿は、わたしたちの感覚では、決して衛生的とは言えないのですが、「ここではこれが普通」と思えるから不思議です。

これが老人ホーム?
最初に食事中のお年寄りたちに会ったときから、「あれ?」っと思うことがありました。
それは、「みんな元気で自立している」ということ。
自分で食事を摂り、自分で自分の使ったお皿を洗っている。
(食器を庭の土でこすって汚れを落とし、最後に水ですすぐという方法でした。ちょっとびっくり。)
日本では、特別養護老人ホームの場合だと、半分以上は日常生活全般に介護が必要な方です。
車イスや歩行器を使っていたり、寝たきりだったりします。
それと比べると、ネパールの老人ホームは日本で言えば自立か要支援程度の方が中心のようで、日本で言うと養護老人ホームに該当すると言えるのかもしれません。
ネパールの平均寿命は、男性55歳、女性57歳ですが、ホームのお年寄りの8割は70歳〜77歳だそうで、とても長寿な方ばかりと言えます。
笑顔と好奇心。そして"愛嬌"!
キャンパスのような中庭で、短い間ではありましたが、私たちは午後のひとときをのんびり過ごすお年寄りに声を掛けたり、写真を撮ったりすることができました。
写真好きな私たちは、遠慮もせずパチパチ撮っていたのですが、彼らの写真好きなことといったらもう、びっくりするほど好奇心旺盛です。
一人にカメラを向けると、たちまち数人のお年寄りが集まってきます。
言葉が通じないのに、ジェスチャーだけで「私も撮って」と言っているのが分かるのです。
特にお元気な方は、自分のお気に入りの場所まで指定し、そこでポーズをとります。
その表情には少しも固さがなく、とても個性豊か。
堂々と、花壇の横に立って笑顔を向けるおばあさんを前にして、「なんて素敵なんだろう!」と感動したことを覚えています。

ABA(アミューズメント・バリアフリー協会)からの贈り物
今回、ABAの理事である天岡さんが確認したいとおっしゃっていたのが寄贈されたベッドです。
見てみると、確かにABAから寄贈されたことが記された木製のベッドが数台積まれていました。
どうして使わないのかな?と思っていると、改修中のホームの建物が完成してから使うとの説明。
なるほど。早く完成して、使っていただきたいものです。
また、ベッドだけでなく、医療用の薬棚やスツールなどにも、寄付金が活用されているということでした。
施設長・職員さんへの取材
施設の建物を見学したあとは、施設長がおられる事務室で、インタビューの時間を設けていただきました。
もちろんネパール語は全く理解できない私たちですが、日本語が堪能なドゥルガさんと、ネパール語のできる天岡さんのおふたりがいれば鬼に金棒!と、大船に乗った気分でホームのことを根掘り葉堀り尋ねました。
副施設長とナースも同席してくださり、わたしたちに笑顔で答えてくださいました。
興味深かったのは、宗教というものがあらゆる場面に反映されているという点です。
例えば、レクリエーションの時間には、「プレイ」といって歌を歌ったり、昔の回想をお互いに話したりするそうなのですが、月に数回、食事にお肉が出る日には、「肉を食べた口で歌を歌ってはいけない」という宗教上の理由でプレイはお休みするそうです。
そういったあたりは、やはり宗教文化が浸透していることを強く感じる点です。
ホームに入るには、役所を通しての入所が基本であり、いわば措置制度と言える仕組みのようですが、実態をお聞きしていると、「いつのまにか住み着いている」人も結構いるらしく、しかも「その家族が食事の時間に来て一緒に食べていることもある」と言います。
・・・・それって、かなりアバウトなのでは?と思うのですが、そこは国の違いです。
「入所者の台帳を作るためにパソコンがほしい」と言われていましたが、今はまだ手書きでファイルを作って管理している状況なのです。
ひとりやふたり、知らない人が混じっていても分からないし、また行き場のないお年寄りを保護する意味でも、黙認している部分もあるようでした。
老人ホームをあとにして
今回、初めて訪れたネパールの老人ホームは、重厚な建物ではありましたが、ホテルのような日本の特養とは比較する余地もなく、設備も何もかも乏しいことが一目瞭然でした。
けれども、私たちは少なからず深い感銘を覚えました。
ここで暮らすお年寄りたちの表情が、なんとも生き生きとしていたからです。
不思議なほど、ひとり一人が存在感を放っている、そんな気がしたのです。
なぜだろう?何が秘訣なのだろう?・・・その理由を探るには、今度はホームに滞在してみるしかない!・・・と新たな好奇心を燃えたぎらせる私たちなのでした。
精神障害者デイケアセンターのこと

両手を胸の前で合わせて「ナマステ(こんにちは)」。この挨拶が早くも板についてきた3日目、私たちは精神障害者のデイケアセンターを訪ねました。
正式名称はMaryknoll Nepal Aasha Deep Rehabilitation Center for Mentally ill。
天岡さんは3年前にこの国を訪れた時に一人の精神科医(シュレスタ氏)に出会いました。
「精神障害者のリハビリの場を作りたい。協力してくれないか」という彼の情熱に押され、思わず「やってみる」と言ってしまったのがことの始まりで、ABAを中心にあちこちで支援の輪が広がり、昨年8月にオープンしたのがこのデイケア施設です。
この日、早目の昼食を摂って訪れたのは首都カトマンドゥの住宅地の一角。白いペンキ塗りの2階建ての建物。中へ入って最初の印象は、がらんとしていて広いな、ということでした。
この日は通常の登録メンバーとスタッフに加え、地域の精神障害者の人も来ているということで30数名の方がおられました。
とにかく「ナマステ」と笑顔で挨拶。中はレクリエーション室、作業室、事務室、食堂とすっきりと掃除されていて心地よい空間です。
超多忙な医師のシュレスタ氏に、時間を空けてもらっているということで私たちは早速インタビューにかかりました。2時間にわたるお話の中から一部を紹介させていただきます。応じてくださったのはDr.シュレスタ氏と、ソーシャルワーカーのプラダン氏(以下SW)です。
インタビュー

Q:まず、この施設はどんな方がどんな風に利用しているんでしょうか。
SW:ここはデイサービスの利用定員が22名です。年齢は16才から68才。今日は精神科医の診察日(月2回)ということで近隣地域に住む精神障害者も10名ほど来ています。ここをオープンする時には私たちは地域に声をかけて回りました。その後口コミで患者さんが増えて、今は予約制です。決まったプログラムはありません。「これをやりなさい」はナシです。ゲームをしたり歌を歌ったり、台所仕事をしたり掃除、洗濯など自分の身の回りのことを出来るようになるトレーニングもします。作業でお香を作ったりもしています。それぞれがやりたいことをやります。
Q:スタッフは?
SW:有給のスタッフは3人です。1人は看護師、1人はSW,もう1人は雑用など何でもやる人。無給のスタッフが2人いて、大学からのボランティアなので単位が取れるようになっています。
Q:ここにはどんな患者さんが来られますか。
Dr.:もともとこの施設は病院に行けない人、病院嫌いな人が来られるようにと始まったものなんです。この国には病院も少なく、あっても診察に必要なお金がありません。ここへ来ている人も、中流階層の人は1人か2人でほとんどが貧しい人です。ABA協会からの寄付で受診料、投薬などの費用がまかなわれていますから大変助かっています。ここでのプログラムはタダなのです。
Q:ここに通い、回復した人、社会復帰した人はいますか。
Dr.:服薬管理など自分のことを自分で出来るようになった人ですね。います。デイケアにきていた時間、今は家の農業の仕事をしています。パクタプル(地方都市)のように農家が多い地域では働けるようになった人がたくさんいます。ここカトマンドゥにも自分のことを自分で出来るようになった人はいるのですが、大きな街ですから外へ勤めに行く人ばかりなのです。つまり、家にいる誰かが患者の世話をやけるという環境ではない。都会で働けるようになるのは難しいです。
Q:オープンして1年も経過していないにもかかわらず患者さんは増え、回復している人がいるというのはすごいですね。
Dr.:ここはフレンドリークリニックなんです。患者さんは朝から来て午後まで長く居るからね。家みたいなものです。スタッフも家族みたいです。病院にいる人はこんな風じゃないですよ。鎖が使われていますから。
Q:家みたい、ということでこの場所も民家ですが、これは持ち主か寄付ですか。
SW:いいえ、いいえ。このスペースは借りているんです。私たちが使えるのは1階部分で、持ち主の家族が2階に住んでいます。気前良く借してもらえたわけではなく、家主もお金に困っていて1階を貸せば賃借料が入るというので仕方なく・・。当初は住民の反対が大きく、おさまるまで3・4ヶ月はかかりました。
Q:日本では精神障害者の住む家を建てる場合など、地域の人が反対するということがよくありますが、ネパールでも同じようなことがあるんですね。
Dr.:はい。ですから人々は病気を隠します。隠して結婚をして、うまくいかなかった人もいます。田舎の方では精神の病気の認識もなく、患者や家族は神だけを頼りにしている所もあります。
Q:どんな病気がありますか。
Dr.:躁うつ病、統合失調症、ドラッグやアルコールの依存症、神経症などです。神経症はカトマンドゥのような都会で増えています。
Q:家族に対するサポートは何かなさっていますか。
SW:薬についての説明をして、きちんと服薬することの大切さを話します。そして、そのためには家族の支援が必要だと言いますが「言うのは簡単だが、やるのは難しい」って言われますね。みんな自分の家族を養うために働くことに精一杯で、薬を飲んだかどうか、いちいち確認しているゆとりは無いということです。
Q:精神の病気について多くの人が知ることが必要だと思いますが・・。
SW:私は多くの人が認識を深められるよう、高校に授業に行ったりしています。
Dr.:このような施設を他の地域にも、もっと作っていくことが必要だと考えています。わたしたちの活動を知り、協力してくださる方が増えれば心強いです。
Dr.は、また次の場所へ診察に行かれるということで「今日は夕食をご一緒しましょう」と約束をしてインタビューを終了。
わたしたちはデイルームに行って、トランクに詰めて持ってきたお土産を利用者の皆さんに手渡しました。
中身はタオル、石鹸、靴下、お菓子、ノート、ボールペン、クレヨン、折り紙などなど。
ニコニコして受け取られるのですが握手をしながら、この時は痛切に「何かしゃべりたい!」と感じました。

食事会のこと
そして夕方・・・待ち合わせのネパール料理のお店に集まったのは、Dr.シュレスタ氏、SWプラダン氏、ガイド兼通訳のパクリン夫妻とわたしたち。計8名がテーブルを囲みました。
適度な疲れとおいしいビール。HOTなネパール料理で顔を紅潮させた面々は、英語、ネパール語、日本語を駆使して語り合いました。
料理の食べ方を教わったり、家族の自慢話を聞いたり、仕事について話したり。ユーモアあふれる人たちと、げらげら笑って過ごしたひとときは、何ものにも代えられない思い出です。
私はシュレスタ氏に尋ねました。「なぜ精神科の医師になろうと思ったのですか?」。彼の答えは次のようなものでした。「私は精神の病気にかかった人をたくさん見てきました。そして、彼らがものすごく悩み、苦しんでいることを知っていた。だから精神科の医師になりました。」
その苦しみを知った者、気づいた者が当然やるべきこととして、この道を選ばれたというシンプルな答えに私は深い感銘を受け、これから仕事をしていく上でとても大事なものを与えられたように感じました。それから、千鳥足の面々は必ずまた会いましょうと約束をして別れました。
ツアーを終えて
駆け足の4泊5日。本当にあっという間のツアーではありましたが、短いからこそ盛りだくさん?と言える中身の濃さで、私たちは短期間のうちにすっかりカトマンドウになじんでしまいました。
老人ホームでも、デイケアセンターでも、そして数多くの寺院や公園、街並み、人込みの中、いたるところで「等身大」で生きる姿がとてもサマになっている人々が溢れていました。
私は、少し埃っぽいこの街の空気にもまれながら、無理をせず、背伸びをせずに「今日の1日を精一杯生きる」という、当たり前だけれど難しい?暮らしの原点のようなものについて考えさせられたように思います。
また、貧富の差や、融合する宗教や、交錯しあう多文化といったさまざなな要素が交じり合う環境の中で、しなやかにたくましく生きる人々の暮らしを包み込む、この国の「懐の深さ」というものを感じました。

この素晴らしい充実した体験を与えてくださった天岡さんと、現地での老人ホームやデイケアセンターでの取材を可能にしてくださったABAのご支援・ご協力に、心から感謝いたします。
ナマステ!(石田礼子)
突然のお誘いを受けて、何の予備知識も持たずに出かけた私は、これからも福祉の仕事をしていくであろう自分の、出発点を持って帰ったように思います。訪問した老人ホームやデイケア施設では、職員の方のお話を聞いているうちに、学生だった頃の自分の気持ちが呼び覚まされるような感じがしました。そして、当たり前のことかもしれませんが、人は、誰かにゆるやかに見守られていることで生きていけるんだなぁということを改めて感じました。
この国で最も印象深かったのは、初めて挨拶を交わす人々から受ける雰囲気でした。胸の前で両手を合わせての挨拶と笑顔。訪問した施設だけでなくあらゆる所で、初対面でよそ者の私を、何のこだわりも無く受け入れてもらえるような空気を感じました。それはこの国の気候や歴史や宗教から来るのかもしれませんが、とにかくそのおかげで人見知りの激しい私は、いつになく自由に過ごすことが出来ました。機会を与えてくださった皆様に感謝します。(桜井弥生)
